シーザーCライン

カエサル線は、第二次世界大戦のイタリア戦線において、ローマに続くイタリアにおけるドイツ軍最後の防衛線であった。オスティア近郊の西海岸からローマ南方のアルバノ丘陵を越え、ヴァルモントーネからアヴェッツァーノを経てアドリア海沿岸のペスカーラまで伸びていた。この防衛線西半分の背後には、ローマ北部を通る ローマ軍の堰堤線という補助線があった。
1944年5月30日、アンツィオからの突破に続いて、ドイツ第14軍が守るシーザーCラインの防衛線がアメリカ第5軍によって突破されると、ローマへの道がようやく開かれ、ローマは6月4日に陥落した。[ 1 ]ドイツ軍は次の防衛線であるトラジメーヌ線に撤退し、そこで第14軍はドイツ第10軍と再編成され、その後ゴシック線の強固な防衛線に撤退した。
参照
参考文献
- ^オリバー、デニス(2024年1月5日)『パンサー ドイツ陸軍中戦車:イタリア戦線、1944-1945』ペン・アンド・ソード・ミリタリー、30頁。ISBN 978-1-3990-6501-6。