1984年、リビア
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現職者
- 首相:ジャダラ・アズズ・アット・タルヒ(2月16日まで)、ムハンマド・アズ・ザルク・ラジャブ(2月16日から)
イベント
行進
- マンチェスター空港とヒースロー空港での爆発事件を受け、リビア国籍の4人がロンドンで逮捕された。英国とリビアの外交関係は断絶した。報復として英国人4人が人質に取られた。
4月
- 4月30日 -ムアンマル・カダフィは、チャドからのフランス軍とリビア軍の共同撤退を提案し、マンタ作戦を終結させた。この提案は受け入れられ、4ヶ月後の9月17日、ミッテラン大統領とカダフィ大佐は会談し、9月25日に撤退を開始し、11月10日までに完了すると発表した。
6月
- 6月5日 - アル=サデク・ハメド・アル=シュウェディが屋外バスケットボールスタジアムで公開処刑された。この日、不完全な処刑を成し遂げた死刑執行人フダは、国民に悪名を轟かせた。
8月
- 8月13日 -リビアとモロッコの間で「国家連合」を樹立し、最終的には「大アラブ・マグレブ」を創設することを目的としたウジダ条約に調印。
- 8月28日 - カダフィ大佐がサリル地区に大人工河川プロジェクトの建設開始に向け礎石を据える。
