ペリクリス・アルギロプロス
ペリクリス・アルギロプロス(ギリシャ語: Περικλής Ι. Αργυρόπουλος ; 1871年 - 1953年)は、ギリシャの海軍士官、政治家、外交官。
バイオグラフィー
1871年アテネに生まれ、海軍士官となり、少将として退役した。第一次バルカン戦争中、第14魚雷艇の指揮を執り、1912年11月9日、アイワルク沖でオスマン帝国の木造武装蒸気船トラブゾンを沈めた。1917年、アレクサンドロス・ザイミス内閣の短命な政権下で運輸大臣を務め、1926年にはアタナシオス・エフタクシアス内閣でも同職を務めた。メタクサス政権下では、駐スペイン大使に任命された。1953年に死去。また、ギリシャ国王アレクサンドロスの妻アスパシア・マノスの母方の叔父でもある。