磯部朝一

磯部朝一
ネイティブ名
磯部浅一
生まれる1905年4月1日1905年4月1日
死亡1937年8月19日(1937年8月19日)(32歳)
死因銃殺刑
支店 大日本帝国陸軍
勤続年数1926–1936
ランク中尉
紛争2月26日事件

磯部 浅一いそべあさいち1905年 4月1日 - 1937年 8月19日)は、皇道派青年将校らによるクーデター未遂事件である二・二六事件の首謀者の一人であった大日本帝国陸軍軍人[1]

キャリア

磯部は山口県生まれ。陸軍士官学校第38期生[2]、中尉に昇進した。[1] 1934年にクーデター計画に関与したとして停職処分を受け、1935年に停職中に焼夷パンフレットを出版したため除隊となった。[1]民間人として二・二六事件の指導者となり、その関与により処刑された。[1] [2]

描写

ドラマ

  • 村野武範(『二・二六妻事件』、1976年)
  • 大出俊(『新ドキュメンタリードラマへの接近 昭和 松本清張事件』、1984年、村山真司プロデュース)
  • 若松武志(『愛は燃えていた 2.26』、1991年)(磯村朝一名義)
  • ちばてつや(「歴史はその時動く」、NHK、14日、2001年2月21日放送)

参考文献

  1. ^ abcd 「磯部朝一」.日本人名大辞典+Plus。講談社2014 年4 月 10 日に取得
  2. ^ ab 『磯部朝一』.世界大百科辞典。日立2014 年4 月 10 日に取得

参考文献

  • 佐々木喜次郎『磯辺朝市と一人の革新将校の半生』(芙蓉書房、1980年)
  • 山崎邦治『二・二六事件と磯辺朝市』(河出書房新社、1989年)
  • 松本健一『三島由紀夫の二・二六事件』文藝春秋、2005年11月〈文春新書〉。
  • 浜田雅彦「神々の軍勢 ― 国際金融資本の闇、あるいは三島由紀夫」(三十五美術館、2000年)
  • 磯辺獄の日記(日本語)
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