吉村大志郎

吉村大志郎
吉村大志郎
個人情報
フルネーム吉村大志郎
生年月日1947年8月16日1947年8月16日
出生地サンパウロブラジル
死亡日2003年11月1日(2003年11月1日)(56歳)
死亡場所尼崎市兵庫県日本
身長1.72メートル(5フィート7+12 インチ)
位置ミッドフィールダー
シニアキャリア*
チームアプリグルス
1967~1980年ヤンマーディーゼル189(30)
合計189(30)
国際的なキャリア
1970~1976年日本46(7)
管理職としてのキャリア
1990~1993年ヤンマーディーゼル
メダル記録
ヤンマーディーゼル
勝者日本サッカーリーグ1971
勝者日本サッカーリーグ1974
勝者日本サッカーリーグ1975
勝者日本サッカーリーグ1980
準優勝日本サッカーリーグ1968
準優勝日本サッカーリーグ1972
準優勝日本サッカーリーグ1978
準優勝JSLカップ1977
勝者天皇杯1968
勝者天皇杯1970
勝者天皇杯1974
準優勝天皇杯1971
準優勝天皇杯1972
準優勝天皇杯1976
準優勝天皇杯1977
* クラブの国内リーグ出場と得点

吉村 大志郎よしむら 大志郎 1947年8月16日 - 2003年11月1日)(旧名:ネルソン吉村、ネルソン吉村)は、日本のサッカー選手、監督。1970年に帰化して日本代表としてプレーした。

クラブでのキャリア

吉村氏は1947年8月16日、ブラジルのサンパウロ州生まれ。1967年に来日し、ヤンマーディーゼルに入社。釜本邦茂氏らと共にプレーし、チームをヤンマーディーゼル史上最高の時代へと導きました。チームは日本サッカーリーグ優勝4回、天皇杯優勝3回という輝かしい成績を残しました。1980年に引退。リーグ戦通算189試合に出場、30得点を挙げ、ベストイレブンにも4回選出されました。

代表チームでのキャリア

1970年8月2日、吉村は韓国戦で日本代表デビューを果たした。1974年のアジア競技大会に代表として選出された。また、 1972年夏季オリンピック予選1974年ワールドカップ予選1976年夏季オリンピック予選にも出場した。1976年まで日本代表として46試合に出場し、7得点を挙げた。[1]

コーチとしてのキャリア

吉村氏は引退後、1981年にヤンマーディーゼルのコーチに就任。1990年に監督に昇格し、1993年まで監督を務めた。

吉村さんは2003年11月1日、尼崎市頭蓋内出血のため56歳で亡くなった。2010年に日本サッカー殿堂入りを果たした。

クラブ統計

クラブパフォーマンスリーグ
季節クラブリーグアプリ目標
日本リーグ
1967ヤンマーディーゼルJSLディビジョン171
1968143
1969143
1970141
1971148
1972145
1973181
1974181
1975182
1976172
1977152
1978151
1979110
198000
合計18930

代表チームの統計

[1]

日本代表
アプリ目標
197041
197162
197281
197330
197472
197561
1976120
合計467

受賞歴

参考文献

  1. ^ ab 日本代表サッカーチームデータベース
  2. ^ 「吉村大志郎ネルソン」.日本サッカー協会. 2024年3月9日閲覧。
  • 吉村大志郎 at National-Football-Teams.com
  • 日本代表サッカーチームデータベース
  • 日本サッカー協会の日本サッカー殿堂


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