辛島桂樹

Keiju 辛島
辛島啓珠
個人情報
フルネーム辛島桂樹
生年月日 (1971-06-24) 1971年6月24日(54歳)
出生地京都、日本
身長1.83メートル(6フィート0インチ)
位置ディフェンダー
ユース時代のキャリア
1987–1989山城高等学校
大学でのキャリア
チームアプリグルス
1990~1993年筑波大学
シニアキャリア*
チームアプリグルス
1994~1996年ガンバ大阪67(3)
1997アビスパ福岡1(0)
1998~1999年京都パープルサンガ1(0)
2000~2001年水戸ホーリーホック36(0)
合計105(3)
管理職としてのキャリア
2005~2007年松本山雅FC
2010~2012年日本サッカーカレッジ
2013FC岐阜
2014佐川印刷京都
2015SC相模原
2016~2017年アルビレックス新潟レディース
2018鈴鹿アンリミテッドFC
2019~2020年マイナビベガルタ仙台レディース
2022年~南葛SC
* クラブの国内リーグ出場と得点

辛島啓珠からしま けいじゅ1971年6月24日 - )は、日本の元サッカー選手、監督。

選手としてのキャリア

辛島は1971年6月24日、京都府生まれ。筑波大学卒業後、 1994年にガンバ大阪に入団。1年目からセンターバックとしてレギュラーの座に定着したが、1995年以降は怪我の影響で出場機会が減少。1997年、アビスパ福岡へ移籍。しかし、ほとんど試合に出場できず、1997年シーズン限りで退団。10ヶ月のブランクを経て、1998年10月に地元京都パープルサンガへ加入。1999年までプレーするも、ほとんど試合に出場することはなかった。2000年、 J2昇格組の水戸ホーリーホックへ移籍。2000年はレギュラーとして活躍したが、2001年は出場機会が減り、同年9月に引退。

コーチとしてのキャリア

引退後、辛島氏は2001年10月より柏レイソルでコーチのキャリアを開始。2004年6月までユースチームを指導。2005年、地域リーグ松本山雅FCと契約し、監督に就任。2007年まで同クラブの監督を務めた。2008年、 J2リーグ昇格したFC岐阜に移籍。シニアチームのコーチ、リザーブチームの監督を務めた。2009年、地域リーグの日本サッカーカレッジに移籍し、コーチに就任。2010年、監督に就任し、2012年まで同クラブの監督を務めた。2013年、FC岐阜に戻り、行徳孝治監督の下でコーチに就任。8月、行徳監督が解任され、辛島氏が後任となった。2014年、地元を拠点とする日本フットボールリーグの佐川印刷京都に移籍。 2015年、J3リーグのSC相模原に移籍し、11月まで監督を務めた。2016年、Lリーグのアルビレックス新潟レディースと契約。同クラブは2016皇后杯で準優勝を果たした。2017年まで同クラブの監督を務めた。2018年、地域リーグの鈴鹿アンリミテッドFCに移籍。2019年、 Lリーグのマイナビベガルタ仙台レディースと契約[1]

クラブ統計

季節クラブリーグリーグ天皇杯Jリーグカップ合計
アプリ目標アプリ目標アプリ目標アプリ目標
1994ガンバ大阪J1リーグ4230030453
199514000140
19961100090200
1997アビスパ福岡J1リーグ10000010
1998京都パープルサンガJ1リーグ10000010
199900000000
2000水戸ホーリーホックJ2リーグ3003020350
200160001070
合計1053301501233

経営統計

チームから記録
GWDL勝つ %
松本山雅FC200520074129570 70.73
FC岐阜セカンド200820089900100.00
日本サッカーカレッジ201020124234530 80.95
FC岐阜[2]20132013133460 23.08
佐川印刷京都201420142620150 76.92
SC相模原[3]2015201533156120 45.45
合計16411021330 67.07

参考文献

  1. ^ マイナビベガルタ仙台(日本語)
  2. ^ Jリーグデータサイト
  3. ^ Jリーグデータサイト
  • Jリーグ選手統計(アーカイブ
  • Jリーグ監督統計・監督プロフィール(アーカイブ
  • プロフィール


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