三浦文武


三浦文丈みうらふみたけ
個人情報
フルネーム三浦文武
生年月日 (1970-08-12) 1970年8月12日(55歳)
出生地静岡静岡
身長1.74メートル(5フィート9インチ)
位置ミッドフィールダー
チーム情報
現在のチーム
横浜FC(監督)
ユース時代のキャリア
1986–1988清水商業高等学校
大学でのキャリア
チームアプリグルス
1989–1992筑波大学
シニアキャリア*
チームアプリグルス
1993–1998横浜マリノス146(26)
1999京都パープルサンガ23(4)
1999~2000年ジュビロ磐田26(1)
2001~2006年FC東京100(6)
合計295(37)
管理職としてのキャリア
2016AC長野パルセイロ
2017アルビレックス新潟
2019~2021年SC相模原
2025年以降横浜FC
メダル記録
横浜マリノス
勝者J1リーグ1995
ジュビロ磐田
勝者J1リーグ1999
FC東京
勝者Jリーグカップ2004
* クラブの国内リーグ出場と得点

三浦文丈(みうらふみたけ1970年8月12日 - )は、日本の監督、元サッカー選手。現在はJ1リーグ横浜FCの監督を務めている

選手としてのキャリア

三浦は1970年8月12日、静岡県で生まれる。筑波大学を卒業後、1993年に横浜マリノスに入団。入団1年目から攻撃的ミッドフィルダーやフォワードとして多くの試合に出場。チームは1995年のJ1リーグで優勝。しかし、1998年には出場機会が減り、 1999年に京都パープルサンガに移籍。1999年10月、ジュビロ磐田に移籍し、チームは1999年のJ1リーグで優勝。2001年、 FC東京に移籍。守備的ミッドフィルダーとして多くの試合に出場。チームは2004年のJリーグカップで優勝し、これはクラブ史上初の主要なタイトルとなった。2005年には出場機会が減り、2006年シーズン末に引退した。

コーチとしてのキャリア

引退後、三浦氏は2007年にFC東京で指導者としてのキャリアを開始した。2009年からは横浜F・マリノス(2009〜2012年)、アルビレックス新潟(2013〜2014年)、アビスパ福岡(2015年)で指導を行った。2016年、 J3リーグAC長野パルセイロの監督に就任。2016年シーズンは3位で終了した。2017年、J1リーグのアルビレックス新潟に移籍。10試合に出場したものの、クラブは1試合しか勝てなかった。2017年5月、クラブがリーグ戦17位となった時に解任された。2018年、J2リーグのファジアーノ岡山と契約し、長沢哲監督の下でアシスタントコーチを務めた[1] 2019年、J3のSC相模原に移籍し、監督に就任した。[2]

クラブ統計

クラブパフォーマンスリーグカップリーグカップ合計
季節クラブリーグアプリ目標アプリ目標アプリ目標アプリ目標
日本リーグ天皇杯リーグカップ合計
1993横浜マリノスJ1リーグ2453240317
19943884030458
199516321-184
199623210133375
19972731061344
19981851040235
1999京都パープルサンガJ1リーグ2340030264
1999ジュビロ磐田J1リーグ51300081
20002102020250
2001FC東京J1リーグ2731011294
200220100030
20032612040321
20042222070312
20051401040190
200690000090
キャリア合計2953724351537045

経営統計

更新; 2018年12月31日[3]

チームから記録
GWDL勝つ %
AC長野パルセイロ201620163015780 50.00
アルビレックス新潟20172017101270 10.00
SC相模原2019現在
合計40169150 40.00

参考文献

  1. ^ ファジアーノ岡山(日本語)
  2. ^ SC相模原(日本語)
  3. ^ Jリーグ三浦文丈監督プロフィール(アーカイブ


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