ポール・ティミッヒ
パウル・ティミヒ(Paul Thymich、1656 年 6 月 17 日、グローセンハイン– 1694 年、ライプツィヒ) は、ドイツの詩人でした。
人生
ライプツィヒ・トーマス学校とライプツィヒ大学で学んだティミッヒは、1681年から亡くなるまで同校で教師を務めた。また、世俗詩人および宗教詩人として、またライプツィヒ歌劇場やヴァイセンフェルス公爵宮廷でオペラ台本作家としても活躍した。1684年9月9日に亡くなったトーマス学校の学長ヤコブ・トーマスィウスの葬儀のために、ヨハン・シェレ(1677年から1701年に亡くなるまでトーマス学校のカンターを務めた)に曲を付けてもらうため、 11節の詩「Komm, Jesu, komm」を書いた。このテキストはヨハネによる福音書14章6節(「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通してでなければ、誰も父のみもとに行くことはできない」)に忠実に従っており、その最初と最後の節は後にヨハン・セバスティアン・バッハが同名の葬儀モテットに使用した。
出典
- (ドイツ語) Gustav Roethe: Thymich、Paul In: Allgemeine Deutsche Biographie (ADB)。 Vol 38、Duncker & Humblot、ライプツィヒ、1894 年、(p. 236 以下)。