ゼノドトス(哲学者)

ゼノドトスギリシャ: Ζηνόδοτος 5世紀後半に活躍)は、アテネで活躍した新プラトン主義の哲学者。「プロクロスの寵児」と称された。[1] ゼノドトスは、ネアポリスのマリヌスがプロクロスの後を継いで学院長(scholarch)に就任した(485年頃マリヌス仕えダマスキオス哲学を学ぶためアテネ(492年頃)際には、ゼノドトスは教師を務めた。マリヌスダマスキオスに数学科学を教えたのに対し、ゼノドトスはより伝統的な哲学を教えた。[ 2 ]彼は、マリヌスとヘギアスが学派の主導権を争っていた時代のアテネの重要な哲学者であったが、学者としての可能性から何度も見落とされていたようである。

注記

  1. ^ダマスキウス『イシドールスの生涯』、154頁 ツィンツェン
  2. ^フォティオス、聖書cod. 181

参考文献

  • エドワード・ジェイ・ワッツ(2006年)『後期古代アテネとアレクサンドリアの都市と学校』カリフォルニア大学出版局、pp.116–123。
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