人生に遅すぎるということはない――。この言葉を体現した人物が、バーバラ・ヒラリーです。彼女は看護師としての献身的なキャリアを終えた後、70代という年齢で地球の両極点に到達するという、前例のない快挙を成し遂げました。困難な家庭環境や深刻な病を乗り越え、世界に勇気を与え続けた彼女の生涯を辿ります。
Key Facts
- 歴史的快挙: アフリカ系アメリカ人女性として初めて北極点と南極点の両方に到達した人物。
- 不屈の精神: 20代で乳がん、60代で肺がんを経験しながらも、極地探検という過酷な挑戦を実現。
- 多様なキャリア: 55年間にわたる看護師としての勤務のほか、出版活動や地域社会への貢献に従事。
- 社会活動: 極地訪問後、気候変動がもたらす環境問題への警鐘を鳴らす講演活動を展開。
逆境を糧にした幼少期と専門的な歩み
1931年にニューヨーク市で生まれたバーバラは、幼くして父を亡くし、母とともに貧しい環境で育ちました。しかし、彼女の心は決して貧しくありませんでした。読書に没頭し、特に『ロビンソン・クルーソー』のような冒険小説に憧れを抱いたことが、後の探検家としての精神的な土台となりました。
学問への意欲が高かった彼女は、ニューヨークのニュー・スクール(The New School)で老年学(高齢者の身体的・精神的・社会的な側面を研究する学問)を専攻し、学士号と修士号を取得しました。その後、看護師としての道を歩み、定年まで55年という長きにわたり医療現場で人々を支え続けました。
病との闘いと未知への挑戦
バーバラの人生は、健康面での大きな試練の連続でした。20代で乳がんに罹患し、さらに60代には肺がんを発症。肺がんの手術により呼吸機能の25%を失うという深刻な後遺症を抱えることとなりました。しかし、これらの経験は彼女から意欲を奪うどころか、「人生を最大限に生きる」という強い意志を呼び起こしました。
看護師を引退後、彼女はケベックでの犬ぞり体験やマニトバでのホッキョクグマ撮影など、冒険の世界に足を踏み入れます。そして、「北極点に到達した黒人女性はまだいない」という事実に突き動かされ、75歳にして北極点への挑戦を決意しました。
当時の遠征費用は約2万ドルという高額なものでしたが、彼女は自らスポンサーを募り、2万5千ドル以上の資金を集めました。スキー経験がなかった彼女は、パーソナルトレーナーを雇い、ウェイトトレーニングやクロスカントリースキーの猛練習に励みました。その結果、2007年4月23日、彼女は北極点に到達し、記録上最年長クラスの到達者であり、かつ最初のアフリカ系アメリカ人女性となりました。
北極点到達から5年後の2011年1月6日、79歳のバーバラは南極点にも到達しました。これにより、彼女はアフリカ系アメリカ人女性として初めて南極点に立った人物となり、同時に世界で初めて両極点に到達した黒人女性という歴史的な記録を樹立しました。
社会貢献と気候変動への取り組み
冒険家としての顔を持つ一方で、バーバラは地域社会の向上にも尽力しました。ニューヨークのアーバーン地区の生活改善を目指す「アーバーン・アクション・アソシエーション」を設立したほか、クイーンズ区で多民族共生を掲げる非営利雑誌『ザ・ペニンシュラ・マガジン』を創刊し、編集長を務めました。
また、極地を訪れたことで地球温暖化の深刻さを目の当たりにした彼女は、気候変動が世界に与える影響について講演活動を開始しました。2019年には、気候変動によって伝統文化が脅かされているモンゴルの草原地帯を訪れ、現状への意識を高める活動を行いました。
栄誉ある功績と晩年
彼女の不屈の精神は多くの人々を鼓舞し、全米女性名誉殿堂への殿堂入りや、全米女性組織(NOW)からの「勇気ある女性賞」など、数多くの栄誉に輝きました。また、米国下院においても、彼女の北極点到達という偉業を称える決議が採択されました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生没年 | 1931年6月12日 - 2019年11月23日 |
| 専門分野 | 看護学、老年学 |
| 北極点到達 | 2007年(75歳時) |
| 南極点到達 | 2011年(79歳時) |
| 主な受賞 | Woman of Courage Award (2008), 全米女性名誉殿堂 (2020) |
2019年、心臓弁に液体が溜まるなどの健康悪化に見舞われながらも、最後まで社会的な使命感を持って活動し続けたバーバラは、同年11月23日、ニューヨークのファーロックウェイにて88歳で静かに息を引き取りました。
Frequently Asked Questions
バーバラ・ヒラリーは何で最も知られていますか?
アフリカ系アメリカ人女性として初めて北極点と南極点の両方に到達した探検家として世界的に知られています。
彼女が極地探検に挑戦した年齢は?
北極点には75歳で、南極点には79歳で到達しました。高齢での挑戦でありながら、徹底したトレーニングと準備によって成し遂げました。
健康上の困難はありましたか?
はい。20代で乳がん、60代で肺がんを経験しています。特に肺がんの手術後は呼吸機能が25%低下していましたが、それを乗り越えて極地遠征を実現させました。
探検以外にどのような活動をしていましたか?
55年間看護師として勤務したほか、地域社会の改善団体や多民族雑誌の創刊、さらには気候変動に関する啓発講演など、多方面で社会貢献活動を行っていました。
彼女の学歴について教えてください。
ニューヨークのニュー・スクールにて、老年学の学士号および修士号を取得しています。
References
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