← ホームへ戻る

ポール・ジョンソン左翼から保守主義へ転じた稀代の歴史家・ジャーナリスト

20世紀から21世紀にかけてのイギリス知性史において、ポール・ジョンソンほど劇的な思想的変遷を遂げ、かつ膨大な著作を残した人物は稀でしょう。ジャーナリストとして、そしてポピュラー・ヒストリアン(大衆向け歴史家)として、彼は政治、宗教、芸術という幅広い領域で鋭い洞察を提示し続けました。

若き日は左派的な視点から社会を捉えていたジョンソンでしたが、次第に保守主義へと傾倒し、文明の衰退に対する強い危機感を表明するようになります。その筆致は時に挑発的でありながら、徹底したリサーチに基づいた説得力を持ち、世界中の読者を惹きつけました。

Key Facts

  • 多才な経歴:ジャーナリスト、歴史家、スピーチライター、作家として活動。
  • 編集者としての実績:1965年から1970年まで、影響力のある雑誌『ニュー・ステイツマン』の編集長を務めた。
  • 膨大な著作:50冊以上の書籍を執筆し、世界史、宗教史、伝記など多岐にわたる。
  • 思想の転換:キャリア初期の左翼的傾向から、後に熱烈な保守主義者へと転向した。
  • 国際的な栄誉:アメリカの自由勲章(2006年)およびイギリスのCBE(2016年)を受章。

知的な形成期とジャーナリズムへの道

ポール・ジョンソンは1928年、イングランドのマンチェスターに生まれました。イエズス会のストーニーハースト・カレッジで学び、その後オックスフォード大学マグダレン・カレッジで歴史学を専攻しました。この学術的な基礎が、後の歴史家としてのキャリアを支えることになります。

1950年代、彼はジャーナリストとして頭角を現します。特にフランスの定期刊行誌『Réalités』での副編集長としての経験は、彼の政治観に大きな影響を与えました。1952年のパリでの暴動に際し、警察による激しい弾圧を目の当たりにしたことで、当時の彼は左派的な政治見解を強めることとなりました。

『ニュー・ステイツマン』時代と論争

ジョンソンは、イギリスの有力誌『ニュー・ステイツマン』でリードライター、副編集長を経て、1965年から1970年まで編集長を務めました。しかし、その就任への道は平坦ではありませんでした。カトリック信者である彼が編集長になることに、レナード・ウルフなどの反対があり、当初は6ヶ月の試用期間が設けられたという逸話が残っています。

保守主義への転向と社会批評

キャリアの中盤から、ジョンソンの思想は明確に保守主義へとシフトしました。彼は、芸術、教育、宗教心、そして個人の品格といったあらゆる面で、社会的な衰退が進んでいると主張するようになります。

1981年から2009年まで寄稿した『スペクテイター』誌のコラム「And Another Thing」では、現代社会への鋭い批判を展開しました。また、欧州統合に対しても懐疑的な立場(ユーロスケプティシズム)を取り、1975年のEC(欧州共同体)残留是非を問う国民投票では「反対」キャンペーンで重要な役割を果たしました。

彼の保守的な姿勢は、政治的な連帯にも現れました。1998年にロンドンで拘束されたチリのピノチェト元大統領のスペインへの引き渡しを阻止する運動に参画し、人権侵害の証拠が不十分であると主張したことも知られています。

歴史家としての足跡と多才な活動

ジョンソンの真骨頂は、専門外の領域をも飲み込む圧倒的な執筆量にあります。彼は単なる政治評論家に留まらず、人類の文明を俯瞰する壮大な歴史書を数多く著しました。

ポール・ジョンソンの主要な著作カテゴリー
カテゴリー 主なテーマ・代表作
世界史・地域史 『近代世界の歴史』、『ユダヤ人の歴史』、『アメリカ人の歴史』など
宗教・神学 『キリスト教史』、『教皇権』、イエス・キリストの伝記など
人物伝(伝記) チャーチル、ダーウィン、ナポレオン、ジョージ・ワシントンなど
芸術・建築 『芸術:新歴史』、『イギリスの聖堂』など

また、彼は優れた水彩画家でもあり、劇作家トム・ストッパードとは親交が深く、ストッパードの戯曲『Night and Day』には彼に捧げる献辞が添えられています。

晩年と遺産

ポール・ジョンソンは、2016年に文学への貢献が認められ、大英帝国勲章(CBE)を受章しました。また、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領から自由勲章を授与されるなど、国際的にもその知的な影響力を認められていました。

2023年1月12日、ロンドンの自宅にて94歳で没しました。彼が遺した50冊以上の著作は、今なお保守主義的な視点から歴史と文明を再考するための重要な資料となっています。

Frequently Asked Questions

ポール・ジョンソンはどのような人物でしたか?

イギリスのジャーナリストであり、非常に多作な歴史家です。キャリア初期は左翼的な思想を持っていましたが、後に保守主義へと転向し、文明の衰退を警告する論客として知られました。

彼が編集長を務めた雑誌は何ですか?

1965年から1970年まで、イギリスの著名な政治・文化雑誌である『ニュー・ステイツマン(New Statesman)』の編集長を務めました。

どのような歴史書を執筆しましたか?

世界史、キリスト教史、ユダヤ人の歴史など、広範な文明史を執筆したほか、チャーチルやナポレオンといった歴史的人物の伝記も数多く手がけました。

政治的にどのような立場でしたか?

晩年は熱烈な保守主義者であり、EU(欧州連合)の統合に対しては懐疑的な立場を取るユーロスケプティックでした。

どのような賞や勲章を受けましたか?

アメリカ合衆国の最高栄誉の一つである「自由勲章」と、イギリスの「大英帝国勲章(CBE)」を受章しています。

References

  1. Green, Dominic (19 January 2023). "Paul Johnson and the fate of conservatism". . Retrieved 1 February 2023.
  2. "Paul Johnson, polemicist who turned against the left, dies at 94". . Archived from the original on 13 January 2023. Retrieved 13 January 2023.
  3. As he saw it in his 1957 "Conviction" essay.
  4. Johnson, Paul Bede (22 July 2000), "Bugles softly blowing, national service was a time to treasure", , Find articles
  5. Conviction, p. 206.
  6. The French Left, p. 46
  7. Woodward, Richard B. (12 January 2023). "Paul Johnson, Prolific Historian Prized by Conservatives, Dies at 94". . Archived from the original on 12 January 2023. Retrieved 12 January 2023.
  8. "A Spectator' Notebook" Archived 5 September 2014 at the , The Spectator, 25 January 1957, p. 7.
  9. Johnson, Paul Bede (5 April 1958), "Sex, Snobbery and Sadism", New Statesman, in Howe, Stephen, ed. (1988), Lines of Dissent: Writings from the "New Statesman", London: , pp. 151–154
  10. "The Menace of Beatlism", New Statesman: 326–327, 28 February 1964, reprinted as "From the archive: The Menace of Beatlism" Archived 1 September 2014 at the , New Statesman, 28 August 2014.