テーブルトークRPG(TRPG)の金字塔である『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』の歴史を語る上で、ロブ・クンツ(Rob Kuntz)の名は欠かせません。彼は単なる初期プレイヤーではなく、共同ダンジョンマスター(DM)として、世界的に有名なキャンペーン設定「グレーホーク」の構築に深く関わった人物です。本記事では、若き日の出会いからTSR社での活躍、そして独立後の創作活動まで、彼の多才なキャリアを辿ります。
Key Facts
- D&D初期の重要人物: ゲイリー・ガイギャックスと共にグレーホークの世界観を構築した共同DM。
- TSR社の初期メンバー: 1975年に同社で6番目の従業員として採用され、多くのサプリメントを執筆。
- 伝説的キャラクター: 難攻不落の「恐怖の墓所(Tomb of Horrors)」を初めて攻略したキャラクター「ロビラー」のプレイヤー。
- 独自の創作世界: 「カリブルン(Kalibruhn)」や「エル・ラジャ・キー(El Raja Key)」など、独自のキャンペーン設定を保持。
TRPGへの没頭と運命的な出会い
1955年、ウィスコンシン州レイク・ジェネバに生まれたクンツは、13歳の時に雑誌で目にしたミニチュアゲーム『Dogfight』をきっかけに、ボードゲームや郵便ゲームの世界に足を踏み入れました。1968年には、後にD&Dの生みの親となるゲイリー・ガイギャックスと出会います。
転機が訪れたのは1972年11月です。デイブ・アーネソンとデイブ・メガリーがレイク・ジェネバを訪れ、初期のRPG的試みである『ブラックムーア(Blackmoor)』のデモンストレーションを行いました。クンツはこのセッションに参加し、トロールやバルログとの死闘、魔法による大逆転といった刺激的な体験を通じて、ロールプレイングの魅力に深く取り憑かれました。
グレーホークの形成とTSR社での躍進
17歳のクンツは、ガイギャックスが展開していた「グレーホーク」の第2回セッションに参加し、戦士ロビラーというキャラクターを操作しました。その後、クンツ自身も「カリブルン」という独自の世界観を用いた「エル・ラジャ・キー城」キャンペーンを運営し始めます。1974年頃にはプレイヤー数が20名を超える規模となり、効率的な運営のためにクンツが共同DMに就任。彼のアイデアはグレーホークの世界に統合され、一部のダンジョン階層は「グレーホーク城」の一部となりました。
1975年、ガイギャックスが設立したTSR社の6番目の従業員として採用されたクンツは、配送業務から始まりましたが、その才能を活かしてデザイン業務へ転向しました。彼は『Greyhawk』サプリメントや『Gods, Demi-Gods & Heroes』の共同執筆に携わり、TSR初のフィクション作品となる短編「The Quest for the Vermillion Volume」を執筆するなど、多方面で貢献しました。
| カテゴリー | 主な作品・役割 | 備考 |
|---|---|---|
| 共同執筆 | Greyhawk (1975) | 世界的に有名なキャンペーン設定 |
| 共同執筆 | Gods, Demi-Gods & Heroes (1976) | 神々や英雄を扱うルールブック |
| ゲーム開発 | Lankhmar wargame | フリッツ・ライバーらの原案を再開発 |
| キャラクター | ロビラー (Robilar) | 「恐怖の墓所」を初攻略した伝説的PC |
独立と知的財産の保護
クンツは自身の創作世界である「カリブルン」をベースにしたサプリメントを出版したいと考えていましたが、社の方針により制限を受けたため、1977年にTSRを離れました。その後、大学進学や結婚を経て、1980年代初頭に再びガイギャックスに招かれ、一時的にTSRへ復帰します。この時期に『Mordenkainen's Fantastic Adventure』などを執筆しましたが、ガイギャックスがTSRを去った1985年をもって、彼らの共同キャンペーンも幕を閉じました。
クンツは自身の知的財産(IP)を非常に重視しており、1986年に「Creations Unlimited」を設立。これにより、自身の世界観を保護しながら『The Maze of Zayene』シリーズなどのアドベンチャーを出版しました。その後も「New Infinities Productions」などのプロジェクトに関わりましたが、投資問題による破産などで計画が頓挫することもありました。
後年の活動と遺産
2000年代に入ると、クンツはNecromancer GamesやTroll Lord Games、Kenzer & Companyといった出版社と提携し、過去の作品をd20システム向けにリメイクしたり、未発表のシナリオを公開したりしました。特に『Dark Druids』や『Sir Robilar's City of Brass』などは、彼の初期のアイデアが形になったものです。
また、雑誌『DUNGEON』では「Maure Castle」シリーズを執筆。ここでは自身のIPを保護するため、エル・ラジャ・キーではなくオリジナル作品として構築しました。2006年には「Pied Piper Publishing」を設立し、『Cairn of the Skeleton King』などの限定版モジュールをリリース。2010年に同社を閉鎖した後も、Black Blade PublishingやChaotic Henchmen Productionsを通じて、レイク・ジェネバ時代の伝説的なダンジョン階層の公開を続けています。
Frequently Asked Questions
ロブ・クンツとゲイリー・ガイギャックスの関係は?
二人は親しい友人であり、共同ダンジョンマスターとして「グレーホーク」キャンペーンを共に作り上げたパートナーでした。クンツのアイデアは、グレーホークの神々や設定に大きな影響を与えています。
キャラクター「ロビラー」とはどのような人物ですか?
クンツが操作した伝説的なPCで、D&D史上最も困難なダンジョンの一つとされる「恐怖の墓所(Tomb of Horrors)」を初めて攻略したことで知られています。
「カリブルン」とは何ですか?
ロブ・クンツが独自に創造したキャンペーン世界のことです。彼はこの世界の権利を厳格に管理しており、TSR社を離れた後も自身の会社を通じて作品を世に送り出しました。
クンツがTSR社を離れた理由は何ですか?
自身の創作世界であるカリブルンに基づいたサプリメントを出版し、ゲームデザインに専念することを望んでいましたが、会社側がそれを認めなかったためです。
彼が執筆した「Maure Castle」は実在の場所に基づいていますか?
いいえ。雑誌『DUNGEON』に掲載されたバージョンは、自身の知的財産を保護するために新しく作成されたオリジナル作品です。
References
- Kuntz, Robert J. (May 1973). "E. Gary Gygax and Rob Kuntz defending their 1965 D-Day revision". The General. 1 (10).
- (December 1975). "In the Cauldron". (#5). : TSR, Inc.: 2, 8.
- Appelcline, Shannon (2011). Designers & Dragons. Mongoose Publishing. .
- Robert Kuntz: "Dave Arneson was the judge, and the other players were: EGG, Terry Kuntz, Ernie Gygax and myself. Megarry was the de facto leader as he understood the campaign area and rules and so he was our overall integration point in the adventure which took place on EGG's dining table." "Original D&D Discussion: Lake Geneva Gaming Group?". 2010-07-19. Retrieved 2011-06-30.
- Peterson, Jon (2012). "1.10. Blackmoor". Playing at the World: A History of Simulating Wars, People and Fantastic Adventures, from Chess to Role-Playing Games (2nd ed.). Unreason Press.
- (Sep 1976). "Letter from Gary Gygax". (15). .
- Gomez, Jeffrey (January 1988). "The Maverick of Dungeons & Dragons". Gateways. No. 7. pp. 25–26.
- "The 1986 Origins Awards". . Archived from the original on 2012-12-16.
- Gold Winner. "ENnie Awards". enworld.org. Archived from the original on 2011-05-04. Retrieved 2005-01-01.