大学の世界には、ある大学で取得した学位を別の大学でも同等のものとして認めるAd Eundem(アド・エウンデム)という独特な制度が存在します。これはラテン語で「同じ学位で」を意味し、一般的に「インコーポレーション(Incorporation)」と呼ばれるプロセスを通じて行われます。
この学位は、通常の課程を修了して得られる「獲得学位」ではなく、他大学の卒業生や、転任してきた教員に対して授与される一種の礼遇的な学位です。現代では限定的な運用となっていますが、歴史的な背景や地域によって異なる運用形態を持っています。
Key Facts
- 定義:他大学の卒業生に対し、同等の学位を授与する制度。
- 性質:学習や研究によって得られる「獲得学位」ではない。
- 主な運用先:英国のオックスフォード大学、ケンブリッジ大学、アイルランドのトリニティカレッジ・ダブリンなどで継続。
- 現代米国の事例:ブラウン大学など一部の大学で、教員の昇進や退職時の名誉的なMA(文学修士)として活用。
- 目的:もともとは他大学からの転入者への礼遇や、学術的な地位の相互承認のために始まった。
Ad Eundemの歴史的背景と展開
この慣習は中世後期にまで遡ります。当時、ある大学の卒業生が別の大学の近隣に居住したり、そこで活動したりする場合、新しい大学が courtesy(礼遇)として、元の大学と同じ学位を認めることが一般的でした。例えば、ある大学で学士号を持っていれば、移籍先の大学でも同様に学士として認められる仕組みです。
19世紀初頭にはこの習慣は衰退しましたが、英国やアイルランドの伝統的な大学では今もその名残が見られます。特にオックスフォード大学では1516年の大学規定に既に記載されており、かつてはヨーロッパ全土の大学関係者に門戸が開かれていました。その後、対象はケンブリッジ大学やトリニティカレッジ・ダブリンの卒業生に限定されるなど、厳格化が進みました。
女性への学位授与と社会的意義
興味深い事例として、20世紀初頭のアイルランドが挙げられます。1904年から1907年にかけて、オックスフォードやケンブリッジで学んでいた女性たちは、当時の自大学から学位を授与されることを拒否されていました。そこで彼女たちはトリニティカレッジ・ダブリンからAd Eundem学位を授与され、「スティームボート・レディース(蒸気船の女性たち)」と呼ばれました。
地域別の運用形態
イギリス・アイルランド
現在、オックスフォード、ケンブリッジ、トリニティカレッジ・ダブリンの間では、相互に学位を申請できる仕組みが残っています。ただし、これには所定の手数料の支払いや、教職員であること、あるいは大学への登録を希望することなどの条件が付随します。
アメリカ合衆国
植民地時代にはハーバード、イェール、コロンビア、プリンストンなどの名門校で一般的に行われていましたが、19世紀後半までには多くが廃止されました。しかし、現代でも一部の大学では独自の形式で運用されています。
- ブラウン大学:准教授への昇進および終身在職権(テニュア)取得時に、通常8年程度の勤務を経てMA(文学修士)を授与します。
- ウェスリアン大学:正教授に昇進した際に授与されます(ただし、学部時代に同大学を卒業している場合は除きます)。
- ローレンス大学:教授の退職時に、長年の功績を称えて授与されます。

その他の地域
オーストラリアのシドニー大学では、退職時に10年以上の勤務実績がある職員が対象となる場合があります。また、南アフリカのローズ大学では、学位そのものを授与するのではなく、実務経験に基づいて高等研究学位への入学資格を認めるためのステータスとしてこの用語を使用しています。
Ad Eundem学位の概要まとめ
| 地域・大学 | 授与のタイミング・条件 | 性質・目的 |
|---|---|---|
| 英・オックスフォード/ケンブリッジ | 特定の役職就任や他大学からの転入 | 学術的地位の相互承認(インコーポレーション) |
| 米・ブラウン大学 | 准教授昇進・テニュア取得時 | 教員への名誉的なMA授与 |
| 米・ウェスリアン大学 | 正教授への昇進時 | 教員への名誉的なMA授与 |
| 米・ローレンス大学 | 教授の退職時 | 退職時の功労称賛 |
| 南アフリカ・ローズ大学 | 実務経験に基づく審査 | 研究学位への入学資格認定(学位授与ではない) |
Frequently Asked Questions
Ad Eundem学位は、通常の大学卒業と同じように「取得」するものですか?
いいえ、異なります。これは学習や試験を経て得られる「獲得学位(Earned Degree)」ではなく、他大学での実績や現在の職位に基づいて授与される名誉的な学位です。
なぜこのような制度が存在するのでしょうか?
歴史的には、大学間の移動が多い学者や卒業生に対し、移籍先のコミュニティで同等の社会的・学術的地位を保証するための礼遇として始まりました。
現代でもこの学位は有効に利用されていますか?
はい。英国の伝統的な大学での相互承認や、米国の一部の大学における教員への名誉授与など、限定的ながらも伝統的な慣習として継続されています。
どのような人がこの学位を受け取ることができますか?
大学によって異なりますが、主に他大学の学位保持者であること、または授与大学の教職員として一定の期間勤務し、特定の役職(准教授や正教授など)に就いた人が対象となります。
References
- Ordinances of the University of Cambridge, Chapter II, Section 8. Incorporation.
- "ad eundem". . Retrieved 13 July 2019.
to, in, or of the same rank —used especially of the honorary granting of academic standing or a degree by a university to one whose actual work was done elsewhere
- Martha Wright (December 1966). "ad eundem gradum". AAUP Bulletin. 52 (4). : 433–436. :10.2307/40223470. 40223470.
by the last quarter of the nineteenth century most colleges abandoned the ad eundem gradum and substituted only the 'earned' degree
- University of Oxford, Council Regulations 22 of 2002 Archived 2016-07-27 at the , sec. 1.7-1.18.
- The 2010 Consolidated Statutes of Trinity College Dublin and of the University of Dublin Archived 2017-02-13 at the , Division - University, sec. 3.(4)(a), p. 157.
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- "Degrees and Diplomas" (PDF).
- "Requirements for Incorporation at Oxford, Cambridge and Dublin universities". Oxford University.