大自然が作り出す壮大な景観の一つに、切り立った壁と平坦な底面を持つU字谷(氷河谷)があります。河川が削り出したV字型の谷とは対照的に、氷河という巨大な氷の塊が地表をゆっくりと移動しながら削り取ることで、この独特な形状が生まれます。本記事では、氷河がどのようにして山々の地形を変貌させるのか、その科学的なプロセスと世界各地に見られる具体例を詳しく解説します。
氷河が斜面を流れ下る際、その凄まじい重量と圧力によって底部の岩盤が削り取られる「氷食作用(ひょうしょくさよう)」が起こります。氷が後退したり融解したりすると、かつて氷に覆われていた場所が露出し、U字型の谷が姿を現します。このとき、氷河によって運ばれた岩石や堆積物である氷礫土(ひょうれきど)や、周囲の岩石とは異なる種類の巨石である迷子石(まいごいし)が谷底に残されることがよくあります。

Key Facts
- 形状の特徴: 断面がU字型で、急峻な側壁と平坦または緩やかな底面を持つ。
- 形成期間: V字谷からU字谷へ変化するには、通常1万年から10万年という膨大な時間を要する。
- 形成要因: 氷河の厚みと移動速度が、谷の深さや浸食率に大きく影響する。
- 派生地形: 海に浸入したU字谷は「フィヨルド」と呼ばれ、高い位置に残った支流の谷は「懸谷」となる。
U字谷が形成されるプロセスと形状の多様性
U字谷の形成は、人間の一生を遥かに超える地質学的時間スケールで進行します。氷河が谷に閉じ込められると、氷は下方へ深く切り込む傾向があり、数千フィートの深さと数十マイルの長さに達することもあります。氷河が移動する際、流れに対する抵抗が最も大きい部分が優先的に除去されるため、摩擦を最小限に抑える放物線状の断面が形成されます。
このU字形状には、大きく分けて2つのモデルが存在します。一つはアルプスのような山岳氷河に見られる「ロッキー山脈モデル」で、谷を深く掘り下げる効果が顕著です。もう一つは大陸氷床による「パタゴニア・南極モデル」で、周囲を広範囲にわたって拡幅させる特徴があります。

世界各地の代表的なU字谷
この地形は、アンデス、アルプス、コーカサス、ヒマラヤ、ロッキー山脈、ニュージーランド、スカンジナビア山脈など、世界中の高山地帯に分布しています。また、ヨーロッパではカルパティア山脈やピレネー山脈、ブルガリアのリラ山脈やピリン山脈、アイルランドのコメラ山脈、スコットランドのハイランド地方などでも確認できます。

特に有名な例として、アメリカ・モンタナ州のグレイシャー国立公園を流れるセントメアリー川の谷や、ウェールズのスノードニアにあるナント・フランコン谷が挙げられます。

谷底と谷端に見られる特有の地形
U字谷の底面は、過去の氷河サイクルの証拠が色濃く残る場所です。基本的には平坦ですが、氷河の前進と後退によって「谷段(だん)」と呼ばれる階段状の構造や、数十メートルから数百メートルの深さを持つ窪地が形成されます。これらの窪地に堆積物が溜まると平原になり、水が溜まると「リボン湖」や「フィヨルド湖」と呼ばれる細長い湖になります。ノルウェーのムイェーサ湖(水深453m)やホルニンダルスヴァトネット湖(水深514m)はその代表例です。

また、主谷に合流していた小さな支流の谷は、氷が消えた後に高い位置に取り残され、懸谷(けんこく)となります。ここから主谷へ流れ落ちる水は、ダイナミックな滝を作り出します。さらに、氷河が運んだ土砂がダムのように堆積したモレーンという構造物が見られることもあります。なお、アンデス山脈のような火山地帯では、谷底が厚い溶岩流で覆われている場合があります。
切り立った「谷端」の正体
多くの氷河谷は、急峻な岩壁を持つ「谷端(とうろはしら)」で終わります。これは複数の小さな氷河が合流して巨大な氷河となった地点で形成されると考えられています。アメリカのヨセミテバレーや、イギリスのレイクディストリクトにあるウォーンスケール・ボトム、スイスのロッタル谷などがこの特徴を持っています。ノルウェーのイステルダーレン谷では、この急峻な崖に沿ってトロルトスティゲン道が切り拓かれています。
海洋に広がる氷河の痕跡
U字谷が海水に浸食され、海へと繋がったものはフィヨルドと呼ばれます。これはノルウェー語に由来する名称で、ノルウェー沿岸に多く見られますが、カナダ・ニューファンドランド島のグロス・モルン国立公園にあるウェスタン・ブルック・ポンド・フィヨルドも典型的な例です。
さらに、陸上だけでなく海底にも氷河の痕跡は存在します。大陸棚にあるローレンシャン海峡のような海底谷は、海流のパターンを変化させ、堆積物の分布や生物コミュニティに大きな影響を与えています。
氷河浸食説の歴史的変遷
かつて、地質学者の間でも「柔らかい氷が硬い岩盤を削り取れるのか」という点について懐疑的な意見がありました。しかし、ドイツのペンクやアメリカのデイビスといった学者が氷河浸食説を強力に支持し、研究を推進しました。1970年代から80年代にかけて、数値モデルを用いた解析が進んだことで、U字谷が形成されるメカニズムが科学的に解明されました。
| 特徴 | U字谷 (Glacial Valley) | V字谷 (River Valley) |
|---|---|---|
| 形成要因 | 氷河による氷食作用 | 河川による浸食作用 |
| 断面形状 | 底が平坦で側壁が急峻なU字型 | 底が鋭く絞られたV字型 |
| 形成速度 | 非常に緩やか(万年単位) | 相対的に速い |
| 主な堆積物 | 氷礫土、迷子石、モレーン | 河川堆積物(砂・礫) |
Frequently Asked Questions
U字谷とV字谷の決定的な違いは何ですか?
最も大きな違いは断面の形状と形成原因です。V字谷は河川が底を深く削ることで形成されますが、U字谷は巨大な氷河が谷全体を押し潰すように削り取るため、底が広く平らな形状になります。
フィヨルドとはU字谷とどう関係していますか?
フィヨルドは、氷河によって形成されたU字谷が、氷の融解や海面の上昇によって海水に満たされたものです。つまり、「海に浸かったU字谷」と言い換えることができます。
氷河はどのようにして硬い岩石を削るのですか?
氷河自体の氷は柔らかいですが、その底に大量の岩石や砂礫を抱え込んで移動します。これが巨大なヤスリのような役割を果たし、自重による凄まじい圧力と共に岩盤を研磨・削り取ることで地形を変貌させます。
「懸谷」とはどのような地形ですか?
主谷に合流していた小さな支流の氷河が、主谷の氷河よりも浸食力が弱かったために、氷が消えた後に主谷よりも高い位置に取り残された谷のことです。多くの場合、ここから主谷へ向かって滝が流れ落ちています。
U字谷ができるまでにどれくらいの時間がかかりますか?
地質学的な時間が必要であり、もともとV字型だった谷が氷河によってU字型に作り変えられるまでには、一般的に1万年から10万年ほどの歳月がかかるとされています。
References
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