地球の表面を覆う薄い皮殻(地殻)のすぐ下には、惑星の体積の多くを占める巨大な岩石層「マントル」が広がっています。中でも上部マントルは、地殻との境界から深さ約670kmまで続く領域であり、プレートの移動や火山活動など、地表のダイナミックな変動を支配する重要な役割を担っています。
この領域は、単なる均質な岩石の塊ではなく、深さに伴う圧力と温度の変化によって、鉱物の結晶構造や物理的性質が劇的に変化する複雑な層状構造を持っています。

Key Facts
- 範囲:地殻直下(海洋底で約10km、大陸で約35km)から深さ約670kmまで。
- 主要成分:カンラン石(約55%)と輝石(約35%)を中心とする超塩基性岩(ペリドタイト)。
- 温度:上端の約900K(627°C)から下端の約1,200K(930°C)まで変化。
- 物理的状態:極めて高い圧力がかかるため、高温であっても大部分が固体として存在。
- 境界:地殻との境界は「モホロビチッチ不連続面(モホ面)」と呼ばれる。
地球内部の層構造と地震波による解析
直接掘削して到達することが困難な上部マントルの構造は、主に地震波の速度変化を分析することで明らかにされてきました。岩石の密度や組成が変わると地震波の伝播速度が変化するため、これを観測することで内部の「不連続面」を特定できます。
地殻とマントルの境界であるモホロビチッチ不連続面(モホ面)は、1909年にアンドリヤ・モホロビチッチによって発見されました。この境界の深さは場所によって異なり、海洋地殻の下では10km未満と薄い一方、大陸地殻の下では平均35km、チベット高原のような地域では最大70kmに達します。

上部マントルの厚さと範囲
上部マントルの厚さは約640kmであり、これはマントル全体の厚さ(約2,900km)の約20%に相当します。深さ220km付近には、P波とS波の速度が急上昇するレーマン不連続面が存在することが知られています。
転移帯:鉱物の相転移が起こる領域
深さ410kmから670kmの間は転移帯と呼ばれ、圧力の増加に伴い鉱物がより密度の高い構造へと変化(相転移)する領域です。このプロセスにより、地震波速度に顕著な変化が現れます。
- 410km不連続面:カンラン石($\\alpha$-相)がワズリー石($\\beta$-相)へと変化することで発生します。冷たい沈み込み帯ではこの境界が浅くなり、高温のマントルプルーム下では深くなる傾向があります。
- 520km不連続面:ワズリー石からリングウッダイト($\\gamma$-相)への転移などが関与していると考えられていますが、観測データでは散発的な検出に留まっています。
- 670km不連続面:上部マントルと下部マントルの境界であり、最も複雑な不連続面です。ここではリングウッダイトがブリッジマナイトとペリクラーゼというさらに高密度の鉱物へと分解されます。この反応は吸熱的であり、粘性の急激な変化を伴うため、地球全体の対流モデルにおいて極めて重要な役割を果たしています。

物理的性質と物質の循環
上部マントルの温度は非常に高いですが、同時に凄まじい静水圧(リソスタティック圧力)がかかっています。岩石の融点は圧力とともに上昇するため、温度が高くても液体にならず、ほぼ固体状態で維持されています。しかし、数百万年という長い時間スケールで見ると、これらの岩石は流体のようにゆっくりと変形し、移動する性質(粘性)を持っています。
この性質により、地球内部では熱対流が発生しています。高温で密度の低い物質が上昇し、低温で重い物質が沈み込むことで、地表のプレートを動かす原動力となります。特に沈み込み帯では、物質が深さ670kmまで引き込まれるため、通常は発生しない深部地震が観測されます。

化学組成と鉱物学的特徴
上部マントルの主成分はペリドタイトという超塩基性岩です。地表に現れたサンプルに基づくと、約55%のカンラン石、35%の輝石、そして5〜10%のアルミナ系鉱物(深さに応じて斜長石、スピネル、ガーネットへと変化)で構成されています。化学的には地殻と似ていますが、マグネシウムが多く、ケイ素やアルミニウムが少ないのが特徴です。
| 化合物 | 質量比 (%) |
|---|---|
| $\\text{SiO}_2$ (二酸化ケイ素) | 44.71 |
| $\\text{MgO}$ (酸化マグネシウム) | 38.73 |
| $\\text{FeO}$ (酸化鉄) | 8.18 |
| $\\text{Al}_2\text{O}_3$ (酸化アルミニウム) | 3.98 |
| $\\text{CaO}$ (酸化カルシウム) | 3.17 |
| その他 ($\\text{Cr}_2\text{O}_3, \\text{NiO}$ など) | 約 1.3% |
マントル探査の挑戦と最前線
マントルへの直接到達は極めて困難ですが、地殻が薄い海底での掘削が主なアプローチとなっています。日本の深海掘削船「地球(ちきゅう)」は、北西太平洋の下北半島沖などで世界記録的な深さまで掘削し、貴重な岩石サンプルの採取に成功しています。

また、2023年にはJOIDES Resolution号がアトランティス山塊でペリドタイト主体のコアを回収し、マントル物質の直接的な研究が進んでいます。さらに、放射性熱源を用いて岩石を溶かしながら潜航する「熱融解プローブ」のような革新的な探査手法も提案されており、地球内部の謎に迫る試みが続いています。
Frequently Asked Questions
上部マントルは液体(マグマ)なのですか?
いいえ、大部分は固体です。温度は非常に高いですが、同時にかかる圧力が極めて強いため、岩石の融点が高くなり、固体状態で維持されています。ただし、非常に長い時間をかけてゆっくりと流動する性質を持っています。
「モホ面」とは具体的に何のことですか?
地殻とマントルの境界線のことです。この境界を境に地震波の速度が急激に変化するため、物理的に区別されます。深さは場所により異なりますが、海洋底では約10km、大陸では約35km程度です。
転移帯で何が起きているのですか?
深さ410kmから670kmの間で、圧力増加に伴いカンラン石などの鉱物が、より密度の高い結晶構造(ワズリー石やリングウッダイトなど)へと変化する「相転移」が起きています。
なぜマントルの研究に海底掘削が使われるのですか?
大陸地殻は非常に厚いため、マントルまで到達させるには膨大な掘削量が必要です。一方、海洋地殻は比較的薄いため、海底から掘削する方が効率的にマントル物質に接近できるからです。
上部マントルと下部マントルの決定的な違いは何ですか?
深さ670kmの不連続面を境に、構成鉱物が変化します。上部ではカンラン石やその多形が主役ですが、下部ではさらに高密度のブリッジマナイトなどが主成分となり、物理的な粘性も大きく変化します。
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